
社員の生命を守り、社会的責任を果たす。企業のリスクマネジメントが問われている。
新型インフルエンザのパンデミック(世界的大流行)は、企業の事業継続を危ぶませる経営上の大きなリスクとなりうる。日本企業がこれを意識し、その対応の検討を始めたのは、ここ数年のことだ。
2003年に中国を中心としてSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行、さらに、03~04年にかけて、中国や東南アジアの家禽(鶏やアヒル)に致死率が高い鳥インフルエンザ(H5N1型)が流行したことなどがその背景にある。
対応マニュアルなどを策定している企業の多くは、主に強毒性の高病原性鳥インフルエンザを想定している。今回の新型インフルエンザ(H1N1型)は弱毒性であることがわかり、従来のマニュアルを緩和して対応しているケースが多い。
秋冬以降、新型インフルエンザの大流行が予想されており、当面、集団感染防止や、欠勤の増加に備えた対応--などが課題になっている。さらに問題となるのは、現在の新型インフルエンザが変異することで、(1)抗インフルエンザ薬タミフルへの耐性を備える、(2)強毒性に変わり致死率が高まる、(3)致死率が高い鳥インフルエンザの流行が起きる--などの場合である。特に、強毒性の鳥インフルエンザが流行した場合、企業活動は大きく制約されることになるだろう。
以下、新型インフルエンザ対策の先進企業の取り組みをみよう。
富士ゼロックスは08年、強毒性の鳥インフルエンザの流行を想定した対策を作成した。基本理念は、(1)社員の生命を守る、(2)社会の一員として企業責任を果たす--が2本柱。(2)には、自社の集団感染による感染拡大を防ぐという意味もある。
それによると、強毒性鳥インフルエンザ流行で、世界保健機関(WHO)が警告レベル「フェーズ4」を宣言し、かつ、国内で感染者が1人でも出た場合は、国内の事業活動を自粛する方向で意思決定をする予定だ。工場や建物の警備や給与振り込みなど、必要不可欠な業務を除く事業活動すべてが対象となる。営業活動や工場稼働は行わないことを想定している。
フェーズ4は、ウイルスが地域レベルでヒトからヒトへの感染を引き起こすことが確認され、大流行に移行する可能性がある段階である。日本企業としては踏み込んだ内容といえよう。
新型インフルエンザ対策を担当している総務部リスク管理グループの中島稔グループ長は「現段階では行き過ぎと感じる向きもあるかもしれないが、この段階で1人でも感染者が出たら、あっという間に拡大する。都道府県レベルなどの単位で対応を分けるのは難しい。強毒性鳥インフルエンザの致死率が非常に高いことを前提に策定した」と話す。
今回の弱毒性の新型インフルエンザの発生当初は、感染国への出張規制、個人旅行自粛、感染国から帰った人の自宅待機などの対応を採り、ゴールデンウイーク明けには100人程度の自宅待機者が出た。5月中旬からは対応を緩和している。
秋冬の流行に備えては、地震の安否確認システムを改善し、新型インフルエンザの感染情報を社員から一斉に把握できるようにしたほか、欠勤者が増えた場合の、バックアップの仕組みを検討している。
流通大手セブン&アイ・ホールディングスは07年11月、新型インフルエンザ対策の検討を開始した。主に総合スーパー、イトーヨーカドーでの対応を念頭に「手順書」を作成している。今年4月に完成した最新版は、別紙の追加分を含めると150ページ程度にのぼる。
基本原則は、(1)人的被害の最小化、(2)店舗の営業の継続、(3)企業の損失の最小限化、(4)行政との協力・連動--など。手順書では、ウイルスの毒性の強さなどに応じ、対応を10段階に分類。欠勤率は15%、30%、50%の3種類を想定している。地域に生活必需品を供給するというスーパーの社会的使命から、強毒性の鳥インフルエンザ流行でも店舗の営業は継続する。特に、食料品については、供給の優先度の高い商品と位置づけている。
手順書作成のうえで参考にしたのは、03年の中国でのSARS流行の際、同社の現地合弁企業が運営する「華糖ヨーカ堂」の北京市内の店舗が行った対応だ。1時間おきに店舗の消毒・清掃作業を実施し、せっけんや消毒用アルコール、マスク、カップ麺などを途切らさずに供給した。当時、中国の行政当局から店舗の営業自粛を要請されたが、当日の営業が終わった後、行政に詳細報告する対応をとることを約束し、営業を継続したという。
リスクマネジメント担当の成田庄二・総務部グループ渉外シニアオフィサーは「流行時も社是として商品を供給する」と強調する。仮に強毒性のインフルエンザで欠勤率が高まった場合でも、売り場を縮小して商品を供給したり、衣料品しか扱わない店舗の従業員はコンビニのセブン-イレブンに振り向けるなどの対応も考えるという。
一方、今回の新型インフルエンザについては、感染した従業員は、病院でタミフルなどの処方を受けて平熱に戻った後、24時間経過した段階で、再度医師の診断を受け、問題ないと判断されれば、業務に復帰するとの基準で対応している。流行は、年明け以降に、最大のピークを想定。「欠勤率は、暮れから1、2月にかけ、30%近くになる可能性がある」(成田氏)とみている。
同じ流通大手では、イオンが06年9月「新型インフルエンザ規定」を策定している。「客と従業員の安全を第一」とし、生活インフラとしての社会的使命を果たすことや、事業継続を図る手順を盛り込んだ。今年1月には、国の新型インフルエンザ対策ガイドラインや、最新の流行情報などに基づいてこの規定を改定した。強毒性・弱毒性いずれへの対応でも、小売業は地域に密着し、日々の暮らしに直結した「社会的インフラ」の役割を有するという原則は変わらないという。
強毒性のインフルエンザ対応では、致死率が高いため、子供に感染しやすい子供服売り場など、また、人が密集する娯楽施設やフードコート(ショッピングモール内の食事用の広場)は部分的な閉鎖も想定していたが、今回の弱毒性の新型インフルエンザでは、全館営業を基本とした対応に修正した。
東海道新幹線を抱えるJR東海。新型インフルエンザ対策は「鉄道事業者の責務として輸送力を提供する。社員などの被害も想定し、できるだけの輸送力を提供する」を基本方針としている。現在、新型インフルエンザの秋冬の流行に備えた事業計画の詳細を詰めているが、東海道新幹線の運行は継続する。
東海道新幹線は5~6月にかけ、企業の出張見送りや、修学旅行団体専用の新幹線の運休などで利用者が減るという影響が出た。この時期に感染が集中した関西地区で見た乗客の輸送量は、5月が前年同月比82%、6月は同83%だった。4月は同88%、弱毒性との認識が広がり、対応が落ち着いた7月は同91%に改善した。
メーカーの場合、従業員の欠勤が増えれば、生産現場の操業に影響が出ることも考えられる。トヨタ自動車は、鳥インフルエンザに対応した事業継続計画を整備済み。人命尊重と、感染予防・拡大防止を、対策の基本方針とし、国内、海外の従業員ともに分け隔てなく対応するという。ただし、流行時における工場の稼働の基準など詳細については明らかにしていない。今回の新型インフルエンザでは、弱毒性などの特性に応じて柔軟に対応。感染が確認された社員は1週間程度自宅療養させている。
パナソニックは、現在の新型インフルエンザについては、感染者と濃厚接触者に最大7日間の自宅待機をさせている。今後、突然変異などで病毒性が高まったり、将来、鳥インフルエンザが流行した場合は、(1)人命安全と、社内、地域での感染拡大の防止の徹底、(2)人命安全を第一に事業継続を図る--という。【週刊エコノミスト編集部・尾村洋介】
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